「だぞざどどざぞだ」が言えなかった9歳①

大阪オーディション編

1990年の夏。
私はオカンに連れられて近鉄劇場へミュージカルを観に行った。オカンはミュージカルが好きで、よく私を連れて行ってくれた。
「アニー」というミュージカルだった。
子供が演技して、歌って、激しいダンスをして、
大人の観客を号泣させて、
8歳の私には衝撃的だった。
すごい、こんな世界があるなんて。

パンフレットを買ったオカンが、
「大阪でオーディションがあるんだって!やってみる?」と言ってきた。
あんまりはっきり覚えてないのだけど、「やってみる」と返事したらしい。
締め切りギリギリ。
オカンはオーディション用紙と写真を一気に用意して、消印ギリギリで送ったらしい。
(最近こういう直前で集中力を発揮するところオカンに似たんだなと思う)

書類審査が通った。
大阪のオーディションは、読売テレビの一室で行われた。
子役で活躍したり、レッスンを積んできた子供たちがズラリ。
テレビの密着もプロデューサーが何人かの子役に目星をつけて追っかけていたらしい。

私は、ただの小学生だった。
奈良の田舎者。
運動神経は良かった。
歌も好きだった。
でもダンスなんてやったことない。
お芝居だってもちろん。

大阪オーディションでは、
演技と、ダンスと歌。
あと側転ができるかのテスト。
ダンスは当日振り付け。
とにかく必死で覚えた。

当時のアニーのキャストは、
すべて身長で受ける役が決められた。
身長が足りてなかったら、いくらアニーの役を受けたくても受けられない。
(別の役に決まることはある)

受験番号ゼッケンにテッシーの「T」と書かれていた気がする。
タップダンスができる子は別でシールを貼られていた気がする。

審査が終わって、
東京への審査へ行ける5人が発表された。

「瞰野純!」

自分の名前を呼ばれた時、
何が起こったのか私はすぐにわからなかった。

続く



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