ATLから寛解したオカンの話⑤

ATLから寛解したオカンの話④からの続き



今は医療が発達したっていうのと、

通院治療ができるならそうさせたい病院側の思惑(いろいろあるらしい)もあって、

オカンは入院治療から通院治療を目指すことになったのだけど、


通院治療にするためには、

血液検査の白血球の数値を退院基準値まで戻さなくてはならないのです。

そのために何をするか。


さらに強い抗ガン剤で徹底的にガンを抑える


これをやるわけです。

「ガンを潰す」ならいいのですが「ガンを抑える」なのです。

当然副作用も壮絶なものだったようで。

私が会いに行った時は、起き上がることも苦しそうな感じでした。


強い薬というのはどこかを別の場所を傷つけて、治すのだなと。

薬の恐ろしさを垣間見ました。


主治医まだまだ移植を勧めてきたようですが、


「移植しても細胞が定着しなかった」

「移植前の処置の段階で肺が潰れた」

「心臓がダメになってカテーテルいれることになった」


とか、結構シビアなことを入院中の仲間(患者さん)から聞いたそうで、

改めて移植手術はしない、という意思決定をしたのでした。


オカンはその強い抗ガン剤治療を無事に乗り切って、

白血球の数値も退院基準値に戻すことができて、

秋頃、無事に退院をすることができました。


オカンの退院後、また暇を見つけては、

私は実家に戻ってオカンの様子を見に行きました。


ガリガリに痩せていて、副作用で髪の毛も抜け落ちている、

いつも知っているオカンとは違ったけれど、

実家の布団で眠っているオカンの姿を見たら、


ああ、ちゃんと家に帰ってこれたんだって。


良かった……、良かったとまた私はほろほろと泣いてしまったのでした。



オカンは通院治療に切り替えられたことをとっても喜んでいました。

「治す」というよりは「抑えつつ」の治療。


生来、アクティブなオカン。

退院したらこっちのもの。

やりたい放題(娘から見て)の通院治療が始まります(笑)


ATLから寛解したオカンの話⑥に続く



ATLから寛解したオカンの話①から読む



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